東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4930号 判決 1988年1月28日
原告
竹花潤一
外九三名
右原告ら訴訟代理人弁護士
芹沢孝雄
同
相磯まつ江
被告
株式会社ブリヂストン
右代表者代表取締役
江口禎而
右訴訟代理人弁護士
仁科康
主文
一 原告竹花潤一及び同三田幸一を除く原告らの本件訴えをいずれも却下する。
二 原告竹花潤一及び同三田幸一の訴えについて
1 被告の昭和六二年三月三〇日開催の第六八回定時株主総会における退任取締役井上義人、同森部康夫、同青木昭、同楠晋次、同伊原太郎、同渡邉徹郎、同山中幸博、同山本清九郎、同松谷元三、及び退任監査役川手恒忠に対し、被告の所定の基準に従い相当の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、金額、時期、方法等は、退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議に、それぞれ一任する旨の決議を取り消す。
2 原告竹花潤一及び同三田幸一のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告竹花潤一及び同三田幸一と被告との間においては、同原告らに生じた費用の四分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、同原告らの負担(ただし、原告越後谷幸雄の負担すべき分については、同原告訴訟代理人弁護士芹沢孝雄及び同相磯まつ江の連帯負担)とする
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告の昭和六二年三月三〇日開催の第六八回定時株主総会において、別紙会議の目的事項についてなされた決議を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、別紙原告持株数及び取得年月日一覧表記載のとおり、合計三〇万株、株式の単位にして三〇〇単位の被告の株式を取得した。
2 被告の昭和六二年三月三〇日開催の第六八回定時総会(以下、「本件総会」という。)は、別紙会議の目的事項について決議(以下、「本件決議」という。)をなした。
3 本件総会の招集手続は商法二三二条ノ二に違反しており、右違反は、本件決議のすべてに影響を及ぼす共通の手続的瑕疵である。
(一) 原告らは、被告の代表取締役に対し、会日の六週間前である昭和六二年二月九日到達の書面を以て、乗用車用スパイクタイヤの生産販売の即時停止、スパイクタイヤに代わる冬道用タイヤの開発に全力を上げるべきこと、トラック、バス等のタイヤの全製品についてスパイクタイヤに代わる新製品の開発及び社会福祉団体に二〇億円以上の寄付をすべき旨の各事項に係る議案を会議の目的とすべきこと、並びに右議案の要領を本件総会の招集通知及び公告に記載することを請求したにもかかわらず、被告は、これを会議の目的とはせず、また、右議案の要領を本件総会の招集通知及び公告に記載しなかつた。
(二) 原告らの一部には、昭和六一年八月一三日に被告の株式を取得した者(合計株数二〇万七〇〇〇株)がいるが、商法二三二条ノ二に基づく株主提案権の要件である株式保有期間は、原告らが現実に提案権を行使した昭和六二年二月九日ではなく、株主総会の開催日の六週間前の日である昭和六二年二月一五日を基準とし、同日から遡つて六ケ月の期間があれば足りると解すべく、原告らは、いずれも、右期間、被告の株式を保有していた。
(三) 原告越後谷幸雄は昭和六二年二月九日当時死亡していたが、同原告の名においてされた本件提案権の行使は、その相続人によるものとして、有効と解すべきである。
(四) 原告らの提案議案のうち、社会福祉団体への寄附をすべきことを内容とする提案に係る議案以外の議案は被告の定款の目的の新設変更の提案であり、株主総会の決議事項である(商法三四二条)。すなわち、右議案は、被告の定款第二条の(14)に加えて、「乗用車用スパイクタイヤの生産・販売の停止」、「スパイクタイヤに代わる画期的な性能の冬道用のタイヤ開発」、「トラック、バス、小型トラックその他タイヤ全製品において現在のスパイクタイヤに代わるべき新製品の開発」の項目を追加すべき旨を提案する趣旨のものである。
(五) また、社会福祉団体への寄附をすべきことを内容とする議案は被告の利益処分案に対する反対提案であり、株主総会の決議事項である(商法二八三条一項)。
4 本件決議のうち、別紙会議の目的事項記載の第四号議案についてなされた決議(以下、「本件慰労金決議」という。)については、商法二三七条ノ三の取締役及び監査役の説明義務違反があり、また決議の方法が著しく不公正である。
被告の第四号議案には退任取締役九名と退任監査役一名の氏名が記載してあるものの、退職慰労金の総額、各人への支払金額、支払時期、支払方法について、「当社所定の基準に従い相当の範囲内で」、「尚贈呈の金額、時期、方法等は退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議にそれぞれご一任願いたいと存じます」としてあるだけで、内容が全く不明であつた。
そこで、当日出席した原告ら数名は、被告所定基準の内容、取締役と監査役の金額の割り振りとその基準、退職慰労金の総額さえ明示しない慣行の内容とその合法性等について説明を求めようとしていた。
ところが、原告土田が議長に質問を行い、そのほかの原告も質問をすべく挙手し、発言を求めたのに対し、議長は、原告土田の質問に対して説明をせず、また、質問のために挙手していたその余の原告らを指名せず、多数の被告の社員株主その他の者の暴言と拍手による混乱の中で、わずか数分ですべての議案を一挙に強行採決した。
5 よつて、原告らは本件決議の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1及び同2の事実は、認める。
2 同3のうち、(一)記載の事実、原告らの一部に被告の株式を昭和六一年八月一三日に取得した者がいること、及び原告越後谷幸雄が同六二年二月九日当時死亡していたことはいずれも認めるが、その余の主張は、争う。
(一) 原告らのうち六一名が株式を取得したのは昭和六一年八月一三日であり、提案権行使の日である昭和六二年二月九日から遡つて六ケ月以上株式を有していたものとは言えないから、原告らは、株主として提案をするについて、商法二三二条ノ二所定の要件を充足していなかつた。
(二) 原告越後谷幸雄は、原告らが提案権を行使した昭和六二年二月九日当時、被告の株主名簿に四〇〇〇株(四単位)の株主として記載されているが、右当時、既に死亡しており、その権利行使はありえないから、原告らの提案権の行使は、持株要件である三〇〇単位に四単位不足していた。
(三) 原告らの提案内容は、総会の決議事項に該当しない。すなわち、
原告ら提案の議案には定款変更を示す文言は見当たらず、また、議案の内容からして定款変更を目的とするものと善解して便宜的に処理することも許されない。定款変更は恒久的効果をもたらすものであり、その総会招集通知乃至公告には特に議題のみならず議案の要領を記載することが要求されていることに照らしても、定款変更の提案に当たるかどうかは、その趣旨が明確であることを要すると解すべきであるのみならず、原告らの提案にあるような、「生産販売の即時停止」、「新製品の開発をせよ」、「全力をあげよ」という定款変更は、考えられない。
また、原告ら提案の議案中、社会福祉法人への寄附をすべき旨を求める件について見れば、寄附は業務執行上の事項であり、利益処分の対象となるかは疑問である。加えて、右提案自体、寄附の相手先の範囲及び金額が限定されず、もし可決されたとすれば、株主総会はその専決事項である利益処分を無限定で取締役に一任することになり違法であるから、反対提案と解することはできない。
3 請求原因4の慰労金決議に取消事由がある旨の主張は争う。
本件慰労金決議には、取締役及び監査役の説明義務違反はなく、決議の方法が著しく不公正でもなかつた。
(一) 右決議に係る実際の議事進行は、次のとおりであつた。
記
議長 次に第四号議案であります。退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件でございます。お手元資料二一頁から二二頁に記載してあります通り取締役九名、監査役一名に対し、当社所定の基準に従い相当の範囲内で退職慰労金を贈呈いたしたいと存じます。贈呈の金額、時期、方法等は退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議にそれぞれ御一任いただきたいと存じます。それでは本議案について賛否をお諮りいたします。
九八番(土田信夫君) 反対意見、反対意見、議長反対意見があります。
議長 どうぞ。議案関連の質問を受けます。
九八番(土田信夫君) もちろんです。ただいまの議案ですが、金額も支払いも時期も方法も明示されずに、ただ賛成せよということでは、私は一向に賛成できませんが、せめて金額でも明示することはできませんか。
議長 できません。金額については個人、個人にかかわる問題でございますので、ご了承いただきたいと思います。
九八番(土田信夫君) そんなことはないでしよう。
議長 いや、慣例ございませんので。
九八番(土田信夫君) 法律的に言つたらどういう条項で、どういう論理で明示しなくてもいいということですか。
議長 今までも慣例として御報告いたしておりません。十分御理解をいただきたいと思います。
九八番(土田信夫君) 法律的な裏付けはどうなんですか。
議長 時間でございます。ここでは法律問題を論争する場所ではございません。私たちは適法と考えております。適法であります。
九八番(土田信夫君) わかりました。それじや、聞きますよ。
議長 それでは、本議案に賛成の方。
(「議長、横暴じやないか」と呼ぶものあり。その他発言する者多し。)
(拍手)
議長 ありがとうございます。本議案は、議決権行使書をご提出の株主を含め多数のご賛成をいただきましたので、原案どおり承認決定されました。
(拍手)
(二) 右のとおりであり、社員株主その外の暴言があつたとの原告らの主張は真実に反し、却つて、議長の処置に対し、原告らが野次を飛ばしたというのが真相である。なお、原告らは「僅か数分で」というけれども、本件決議の全議案の採決には約一二分を要した。また、第一号議案では異議を述べたり質問をなす者はなく、第二号議案及び第三号議案では株主一名が一言意見を述べたのみで、いずれも何らの混乱なく採決が行われている。
(三) 右の経過から明らかなとおり、原告土田以外の株主は、誰も質問を求めておらず、質問がない以上、説明義務違反の生ずる余地はなく、議長は、質問を無視したものでもなければ、説明を拒否したものでもない。
(四) また、原告土田の質問に対する議長の説明拒絶には次のとおり正当な事由があつたものであり、説明義務違反とはならない。そうでないとしても、説明拒絶理由の摘示を誤つたにすぎず、それだけでは不公正な決議方法とはいえない。
(1) 退職慰労金は、一般に、その具体的金額を提示せず、その決定を取締役会ないし監査役間の決定に委ねるよう株主総会に諮るのが慣行である。大会社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則三条六項はこの慣行を尊重し承認したものであり、第四号議案は、これに従つて基準たる内規を本店に備え閲覧に供していて、提案されたものである。これに対して金額を明示すべきであるというのは、形式的には質問の形をとるが、実質的には提出された議案に反対するというだけに過ぎない。そもそも、株主の質問は会議の目的たる事項を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲に限られ、取締役の説明義務も、その範囲内で履行されれば足りるものである。会議の目的たる事項が金額を示すという方法をとらず、内規に従い取締役等に一任するというものである以上、質問は、右一任についてのものに限られる。金額の明示を求めることは、右提出議案の合理的判断につき必要な範囲を逸脱するものであり、説明拒絶に正当事由がある。
(2) 被告の取締役の退職慰労金に対する内規は、取締役としての職位を取締役会長、副会長、社長、副社長、専務取締役、常務取締役などに分類して、退任取締役の各職位在任月数に応じ手当を控除した月額報酬の一〇〇分の六〇を累計して基本退職慰労金とし、在任中、特に功労のあつた場合、基本退職慰労金の三割を限度として功労加給金を決定、支給し、非常勤取締役に対しては、上記金額の五割を限度として決定、支給する旨を定めるものであり、監査役の退職慰労金に関する内規は、監査役を常勤と非常勤とに区分し、常勤監査役については在任月数に応じて手当を控除した月額報酬の一〇〇分の六〇を累計し、非常勤監査役については右累計額の五割を支給する旨を定めるものである。したがつて、具体的金額は株主総会の段階では明示不可能か、少なくとも調査をしなければ説明できないものであるから、議長がその明示を拒絶したことには、正当な理由がある。なお、本件慰労金決議に基づき決定、支給された退職慰労金総額は三億九九二八万円であり、そのうち取締役一名の算定例は別紙算定例記載のとおりである。
(3) 原告土田の質問は、金額の外は支払時期、支払方法を質問しようとするものと予想されたが、支払時期は決定後相当の期間内、支払方法は現金、小切手、又は銀行振込等の通常の支払方法によることは常識であり、そのような常識的なことを質問するのは、無益な質問により議事の円滑な進行を妨害しようとするものと判断されても無理ではない。
(4) 仮に、被告における退職慰労金の支給基準の内容、本件慰労金決議の結果支給される慰労金の取締役と監査役との配分とその基準、監査役会が慰労金額を定めうるとする法律上の根拠の三点が質問されたとしても、前二者については、予め内規を閲覧していれば判然とすることであり、第三の点については、このような法律解釈の正否は株主総会の場で論議すべきものではないから、いずれも不毛な質問であり、これに答える必要はなかつた。
(5) 本件総会は、既に三時間に及ぶ長時間総会となつており、議長が右のような不毛な質問についての質疑応答を打ち切つて採決したのは正当な議事整理権の行使である。
(6) 本件慰労金決議については、書面による議決権行使のみで賛成株式数が議決権ある株式総数の三八パーセントに達し、原告らを除く出席者の大部分が賛成していた事実からみて、原告土田の質問に対し全部説明したとしても採決に影響を及ぼしたであろうとは考え難い。
4 原告竹花潤一及び同三田幸一を除くその余の原告らは、昭和六二年六月三〇日、その持株を譲渡した。
三 被告の主張に対する原告らの認否及び反論
1 被告の主張3のうち、本件慰労金決議の議事の経過がほぼ被告主張のとおりであることは認めるが、これによつても、議長は、原告土田の質問について答えるように取締役に取りつがないばかりか、自ら一切の説明を拒否し、質問を打ち切つており、商法二三七条ノ三違反は明らかというべく、かかる程度に至つた説明義務違反は、商法二五一条によつて救済すべきでない。
2 同4の事実は、認める。
第三 証拠<省略>
理由
職権をもつて案ずるに、原告越後谷幸雄は本訴提起以前の昭和六二年二月九日より前において既に死亡していることが原告の主張から明らかであり(被告においても右事実は争わないところである。)、そうであれば、同原告名をもつて提起された訴えは、民事訴訟法上の当事者能力を欠く者によるもので、不適法として却下を免れないというべきである。
一原告適格について
本件訴訟は原告らが被告の株主であるとして被告の株主総会の決議の取消しを求めるものであるところ、右株主としての資格(原告適格)は、本件訴えの提起時から口頭弁論終結時(昭和六二年一一月一二日)までこれを有することを要するものと解するのが相当である。
本件において、原告らが本件訴えの提起時に被告の株主であつたこと、並びに原告竹花潤一及び同三田幸一を除くその余の原告らの持株が本件口頭弁論終結前である昭和六二年六月三〇日、すべて譲渡されたことは、当事者間において争いがない。そうであれば、右原告ら(原告越後谷幸雄も除く。)は、右譲渡の時点において被告の株主資格を失い、本件訴訟の原告適格を失つたもので、同原告らの本件訴えは、その余の点について検討するまでもなく、不適法として却下を免れない。そこで、以下においては、原告竹花潤一及び同三田幸一の請求の当否について検討する。
二本件総会の招集手続の瑕疵について
1 原告らが被告の代表取締役に対して会日の六週間以上前である昭和六二年二月九日到着の書面を以て、原告らの提案に係る議案を総会の会議の目的とすべきこと並びに右議案の要領を本件総会の招集通知及び公告に記載することを請求したこと、これに対し、被告が右事項を会議の目的とはせず、また、右議案の要領を本件総会の招集通知及び公告に記載することもしなかつたこと、並びに原告らのうち六一名(株数合計二〇万三〇〇〇株)が昭和六一年八月一三日に被告の株式を取得したことは、いずれも当事者間に争いがなく、原告らが提案権を行使した昭和六二年二月九日と右原告らが被告の株式を取得した日である同六一年八月一三日との間が六ケ月に満たないことは、暦の上で明らかである。
2 原告らは、商法二三二条ノ二に定める六ケ月間の株式継続保有の要件について、株主提案権行使の時(本件においては、昭和六二年二月九日)ではなく、総会の会日の六週間前の日(本件総会の会日が昭和六二年三月三〇日であることは当事者間に争いがないから、同年二月一五日がこれに当たる。)を基準として、それから遡つて六ケ月間保有しておれば足りると主張する。
しかしながら、同条の規定の文言から、また、同条が株式継続保有の要件を定めたのは、一時的な株式保有の方法によつて提案権の行使が濫用されることを防止することをも目的とするものと解されることからも、同条の規定は、株主の権利行使の時点において右要件を充足することを要求しているものと解するのが相当である。これと異なり、原告の主張するごとくに解するとすれば、会社としては権利行使時点のみならず総会の開催日の六週間前の時点において再度持株要件を調査することが必要になり、事務の煩雑化を招くことは明らかであり、また、株主としても権利行使の時点から会日の六週間前の時点までに株式を譲渡する可能性もないではなく、それにもかかわらず、権利行使の時点においては未だ六ケ月間保有すべき要件を備えていない株主に提案権の行使を認める必要性があるとは考えられず、会日の六週間前において右要件を充足した上で権利行使を認めることとして株主になんらの不利益はないことに照らしても、権利の行使時を基準として、それから遡つて六ケ月間株式を保有していることを要し、それをもつて足りると解するのが相当である。
本件についてこれをみれば、原告らの提案権の行使は、うち六一名計二〇万株余について、株式取得後六ケ月を経過する前にされたものとして、商法二三二条ノ二の規定に定める持株要件を充足しないものであつたというべきである。
3 加えて、四単位の株式を有する原告越後谷幸雄が昭和六二年二月九日当時死亡していたことは当事者間に争いがない。右事実によれば、同人が提案権を行使することはありえず、原告らの提案権の行使は、商法二三二条ノ二所定の持株に四単位不足するものであつた。
なお、原告らは、原告越後谷の相続人が権利を行使したと主張するが、前記乙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、同人の株式は記名株式であること、及びその相続人は株主名簿の名義書換をしていなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右事実によれば、同原告の相続人は相続による株式の取得を被告に対抗することができないのであるから(商法二〇六条)、同原告の相続人が提案権を行使したものと解することはできず、原告らの提案権の行使は持株要件を充足しないものであることに変わりはない。
4 以上のとおり、被告が原告らの提案議題を本件総会の議題とはせず、かつその議案の要領を招集通知及び公告に記載しなかつたことに違法はなく、本件総会の招集手続に法令違反はないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がなく、失当として棄却を免れない。
三本件慰労金決議について
原告らは、本件慰労金決議について、取締役及び監査役の説明義務違反があり、また決議の方法が著しく不公正であると主張する。
1 成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件総会において、退任取締役九名及び退任監査役一名に対し、被告の所定の基準に従い相当の範囲内で退職慰労金を贈呈することとし、金額、時期、方法等は、退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議にそれぞれ一任する旨の決議がされたこと、右決議についての議事進行が前記二請求原因に対する認否及び被告の主張3(一)記載のとおりであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2(一) 成立に争いのない甲第五号証の二及び弁論の全趣旨によれば、右決議により贈呈されることとなつた退職慰労金は、退任取締役ら及び退任監査役の在任中の功労に報いるという趣旨を含むもので、在任中の職務執行に対する対価と認められるから、商法二六九条、二七九条にいわゆる報酬に当たり、弁論の全趣旨によれば、被告の定款にそれぞれの報酬の定めが存しないことが認められる(右認定に反する証拠はない。)から、右退職慰労金の支給は、株主総会の決議をもつてその額を定めなければならない。
(二) 商法二六九条の趣旨は、取締役会が取締役の報酬を決定しうるものとするときは、恣意に流れ、いわゆるお手盛りの弊害を招き、会社及び株主の利益を害する恐れがあるので、これを防止し、取締役の報酬決定の公正を担保しようとしたものと解されるから、株主総会が退職慰労金の金額等の決定を無条件に取締役会に一任することは、同条に反して許されず、自ら右金額又は最高限度額を決定するか、そうでないとしても、明示的に又は黙示的にその支給に関する基準を示した上で右基準に従つた具体的な金額等を取締役会に決定させることとすることが必要である。
(三) また、商法二七九条の趣旨は監査役の報酬を確保してその職務執行の独立性を担保しようとするものであると解されるが、その決定を監査役の協議に一任することは、独立性確保の面からは肯けるとしても、そうすることにより、いわゆるお手盛りの弊害を招き、会社及び株主の利益を害する恐れがある点では取締役の場合と事情を異にしないから、(二)と同様、株主総会が自ら金額を決定しない場合は、その最高限度額を定めるか、又は明示的若しくは黙示的にその支給に関する基準を示す必要があるというべきである。
(四) これを本件慰労金決議についてみれば、「当社所定の基準に従い相当の範囲内」とあるのみで、右基準の内容は明らかであつたかどうか定かではない。
このような場合、株主総会が支給に関する基準を示したといいうるためには、会社に一定の確定された基準が存在しており、それが株主に公開されて周知のものであつた場合か、少なくとも株主が容易に知りうるものであつた場合で、しかも、その基準の内容がいわゆるお手盛り防止の趣旨に適合するために、数値を代入すれば支給額が一意的に算出できる内容のものであることが必要であるというべきである。したがつて、本件慰労金決議がこれらの各要件を満たさないとすれば、株主総会が支給に関する基準を明示的又は黙示的に示したということはできず、商法二六九条、二七九条一項に違反する決議であるという外はないこととなる。
3 右に説示した点を取締役及び監査役の説明義務の面から検討する。
(一) 株主にとつては、利益処分は重大な利害関係を有する事項であり、取締役及び監査役への報酬額は株主への配当額に直接影響するのであるから、株主総会決議において個別の額や総額を決定しない場合、支給基準によつて具体的な金額を知りうるのでなければ、本来利益処分の承認決議について賛否を決しがたいというべく、支給基準について説明を求めうるのは当然というべきである。
(二) そして、商法二六九条、二七九条一項との関係からも、支給基準を定めて取締役会等に一任することがお手盛り防止の趣旨に反せず、したがつて株主の利益に反しない理由を説明する必要があるというべきであり、具体的には、2で説示した点からすれば、会社に現実に一定の確定された基準が存在すること、その基準は株主に公開されており周知のものであるか又は株主が容易に知り得ること、及びその内容が前記のようにして支給額を一意的に算出できるものであること等について説明する必要があるというべきである。
(三) しかるに、前認定の本件慰労金決議の議事進行の経過をみれば、株主である原告土田が被告提出の議案に関し、退任する取締役及び監査役に支給されるべき慰労金の額について説明を求めているにもかかわらず、議長は、取締役や監査役に説明するよう指示しないばかりでなく、自らが取締役らに代わつて、一切の説明を拒否していることが認められる。殊に、前顕乙第一号証によれば、特定の株主に対し、取締役等の片言隻句、動作をとらえた無意義な発言や、当人以外は誰でも容易に理解しうる事柄について殊更に繰り返し説明を求めるような発言を許して時間を空費する一方で、株主の最重要関心事と言つても過言ではない会社の利益処分に直接関係する退任取締役等に支給すべき慰労金の額等に関する質問に対しては、最少限必要なことにも答えようとしない本件総会の議長の態度すらうかがえないではないことは、株主総会の運営に関する商法の規定に照らし、あるべきことではない。
4 ところで、被告は、本件慰労金決議の際における議長の説明拒絶には正当事由があつたと主張するけれども、以下のとおり、いずれも採用し難い。
(一) 被告は、退職慰労金の具体的金額を明示しないで取締役会等の決定に委ねるのが慣行であると主張するが、説明義務の問題と被告のいう原案が一般の慣行に従つていたか否かとは別個の問題であり、株主が、本件慰労金決議について、自己への配当金額への影響や自己の利益に反しないか否かを判断するため、具体的金額の明示を求めて質問をすることは当然の権利行使であつて、取締役及び監査役は、これに対して金額を明示するか、右3の(二)で説示した内容の説明をなすべきである。また、本件慰労金決議について、会議の目的たる事項とは、退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件なのであり、被告のいう原案自体が会議の目的たる事項ではないのであるから、質問が取締役会等への一任に関するものに限られるとする被告の主張は、失当である。
(二) 被告は、また、退職慰労金に関する内規に基づく慰労金額が本件総会時においては明示不可能であつたか、又は調査しなければ説明しえなかったことを理由に、説明拒絶について正当の事由があつたと主張するが、具体的金額が明示できないか、明示するには調査が必要な時は、その理由と、株主総会の場で明示しなくとも株主の利益に反しない理由とを説明すべきであり、被告主張の理由が説明義務を否定する根拠となるものではない。
(三) 原告土田の金額以外の点に関する質問の点については、既に金額について説明義務違反が認められる以上、支払方法、支払時期についての被告の主張は失当である。
(四) 被告は、原告らの質問事項は内規を予め閲覧すれば知り得たことで、説明の要はないというが、内規を閲覧すれば知り得たことと説明義務の問題とは別個の問題であり、右3の(二)で説示した内容の説明を不要とする根拠にはならない。
(五) 被告は、本件総会が長時間に及んでいたことをもつて、原告土田の質問に対して説明することを拒絶する正当の事由があつた旨主張するが、それが説明義務を否定する根拠とならないことは、明らかである。
(六) 最後に、被告は、原告土田の質問に対する説明拒絶の事実があつたとしても、採決に影響を及ぼさないことをもつて説明拒絶の正当事由となると主張するが、被告主張の事実をもつて説明拒絶を正当化することはできず、また、本件拒絶の態様からしても、法令違反の程度が重大でないとはいえない。
5 以上によれば、本件慰労金決議は、商法二三七条ノ三第一項に違反するものというべきであり、決議の方法が法令に違反したものであるから、決議取消事由がある。また、本件法令違反の程度は重大でないとはいえないから、商法二五一条によつて本件慰労金決議の取消を棄却することはできないというべきである。
四結論
以上の次第で、原告竹花潤一及び同三田幸一を除くその余の原告らの本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下し、原告竹花潤一及び同三田幸一の本訴請求のうち、本件慰労金決議の取消しを求める部分は、理由があるからこれを認容し、その余の請求は、理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、九九条、九八条二項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官江見弘武 裁判官坂倉充信 裁判官古部山龍弥)
別紙原告目録<省略>
会議の目的事項
報告事項 昭和六一年一二月三一日現在の貸借対照表および第六八期(昭和六一年一月一日から昭和六一年一二月三一日まで)の損益計算書、営業報告書報告の件
第一号議案 第六八期(昭和六一年一月一日から昭和六一年一二月三一日まで)利益処分案承認の件
第二号議案 取締役全員(二五名)任期満了につき二五名選任の件
第三号議案 監査役全員(三名)任期満了につき三名選任の件
第四号議案 退任取締役および退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件
原告持株数及び取得年月日一覧表<省略>
算定例
取締役在任期間 七〇ケ月
常務取締役在任期間 二七ケ月
職位別報酬
取締役 金七八万円
常務取締役金一〇〇万円
算式
file_20.jpgcue TET >TELL TO> FR) + HS ESER REM FER OOF PS TELE ABLZTe rt CRSA #210477 F=50, 000, 000F a